「丹羽の誇り2」


 丹羽の発案されたキャンペーンは、即実行に移された。
 ”学校をキレイに使おう!”と書いたチラシを校門手前で生徒達に配る。
 イラストは、1年生の男子、網島が書いてくれた。中年の男性がゴミを捨
てる女子生徒を叱っている絵だ。何かのマンガのキャラクターらしいが、丹
羽は知らなかった。
 効果のほどは、まるっきり変化が見られなかった。
 むしろ、チラシが投げ捨てられる分だけ酷くなっているような気もした。
 丹羽は深く凹んだ。
 その様子を見てか、宮崎は、
「ああいうキャンペーンは、やるのが大事なんだよ。誰かが声を出さないと、
変わらないままだから。簡単に変わる世の中だったら、私達だっている意味
ないじゃない!」
 と、丹羽を励ました。
 宮崎にはどうやら、この結果が予測できていたようだ。
 丹羽は少し元気になった。
 そうだ、簡単に変わるようなら、<たんぽぽ会>だって意味がない。変え
ようと諦めずに努力する事が大切なんだ。
 丹羽はその後、<たんぽぽ会>の活動を精力的に頑張った。
 勉強会ではその時々の社会問題が話合われ、丹羽は話題についていけるよ
うにと、新聞を読んでニュースを見るようになった。
 いつしか、丹羽も積極的に発言するようになっていた。たまに意見の衝突
も起こって険悪なムードになるが、それも悪くなかった。
 募金活動の相対的な多さに、丹羽は驚いた。
 人通りの多い駅前などで募金を呼びかける。募金の名目はその時々によっ
て海外の災害地域の救援だったり、海外の難民支援だったり、医療研究資金
の援助だったり、多岐に及んだ。
 これは、世界に起こっている問題を世間の人達に知ってもらう事も目的だ
からという。
 丹羽はこの奥の深さに感心した。
 メンバーとの交友関係も深まり、丹羽はいつしか会にとって重要な一人に
なりつつあった。
 名前も、「ケンタ」のあだ名で呼ばれるようになっていた。
 <たんぽぽ会>での活動を優先させる事は同時に、それ以外の友人との関
係を希薄化させてしまったが、丹羽は別に良いと思った。会のメンバーとの
繋がりに比べたら、大した親交もなかった人達だ。
 この頃になると、丹羽の<たんぽぽ会>への帰属意識はかなりの水準に達
していた。丹羽は<たんぽぽ会>の一員である事に喜びを感じた。
 しかし募金活動の中には、「署名お願いします」と近づき、署名をすると
寄付もセットになっているといった詐欺まがいのものもあった。
 丹羽もこればかりは承服しかねたが、通常の募金に比べて成績が良いのも
事実だった。
 必要悪というものだと、自分を説得する事にした。
 この寄付によって、困っている人達が助かるのだと。
 たまにトラブルも起きたが、何とか大事にならずに済んだ。こういった経
験も含めて、成長していくんだと会長の杉原から教えられた。
 学園祭では、<たんぽぽ会>の活動紹介を小さな教室で行った。
 準備も皆でワイワイと行い、これはこれで楽しいものだと知った。
 丹羽の両親も展示を見にきて、丹羽は一つ一つそれを説明した。
 普段わりと話題に出していて、それなりに感心もされていたのだが、こう
して形になるとまた印象が違うらしい。両親はえらく<たんぽぽ会>を気に
入り、丹羽と会を褒めちぎった。
 丹羽は嬉しい反面、照れくさい方が大きかった。
 そのせいで両親に少し冷たくしてしまった事を、丹羽は反省した。
 後で謝ったが、両親は冷たくされたのにさえ気付いていない様子だった。
 それが本当なのか両親の優しさなのか、丹羽には判断がつかなった。


 気がつくと、何か取得を持った人間を羨望する気持ちは、丹羽の中で薄ら
いでいた。
 むしろそれを見せびらかすように自慢する人達を、哀れな人種だと認識す
るようになっていた。
 彼らはその能力を自慢しているだけで、社会のためには何も役立てていな
い。そんな能力なら、持っているだけ無駄だろう。
 人間の価値は何が出来るかではく、何をやったかで決まるんだと、丹羽は
強く思っていた。もっとも、会長がよく言う台詞の受け売りではあるが。
 丹羽は、友人の何人かを<たんぽぽ会>に誘ってみた。誰も興味を示さな
かった。
 入れば絶対に素晴らしいと解るはずだと知っていただけに、丹羽は歯がゆ
く思った。
 春が訪れ、丹羽も2年生にまずますの成績で進級した。
 さあ、新入生の獲得だ。
 丹羽は勧誘にも精力的に取り組んだ。
 ポスターを描き、学校周辺の飲食店や民家の壁などに頼んで貼らせてもら
う。ボランティアサークルという事もあってか、結構快く了承してくれた。
 チラシ配りは、学校の外で行う。非公式サークルであるため、校内での配
布は許可されていなかった。
 教室を借りての説明会では、係が1対1で入会希望者に説明を行う。
 中にはボランティアを大きく勘違いしている人もいて、丹羽は対応に困っ
た。
 小柄なショートカットの女の子が、丹羽の説明で入会した。
 丹羽は<たんぽぽ会>の素晴らしさと、自分が入会してどう変わったのか
を説明したのであるが、共感が得られたようだ。
 特に自分を成長させる事に興味を引かれた様子だった。
 女の子は、小栗 雪絵と名乗った。目がぱっちりと大きく、猫を連想させる
タイプだ。
 丹羽は、小栗の「よろしくお願いします」への応対「こちらこそ」が思わず
裏返ってしまい、バツの悪そうな照れ笑いを浮かべた。
 下校時には、新入会員とともに食事をする。<たんぽぽ会>行き付けの例の
お店だ。
 この日の新入部員は2人だった。もう一人は、絵に描いたような真面目そう
なタイプの男の子だ。案の定、高校時代は学級委員長だったようだ。
 小栗は当然のように丹羽と同じテーブルについた。向かい合わせになった。
同じテーブルには、同級生の男子、関と、丹羽を誘った宮崎がいた。
 改めて、メンバー全員の自己紹介が行われた。
 丹羽は冗談を言ってみたのだが、明らかに愛想笑いなりアクションしか得ら
れなかった。そういう才能には、恵まれていない。
 小栗が「<たんぽぽ会>を通じて人間として成長したい」と言うと、宮崎が
太鼓判を押した。関と丹羽も追随する。
 関は人見知りするタイプなので、言葉数少ない。
 この後、人間の価値や生きる意味などについての話題となり、丹羽は一所懸
命に持論を展開した。「人間の価値は能力ではなく、何をしたか行動で決まる
んだ」とか「人間の生きる意味は探すものではなく、自分で切り開いていくも
ので、その行動にこそ意味があるんだ」とか熱弁を奮ったら、小栗はしきりに
感心してくれた。
 両方とも前の会長の受け売りなのだが、小栗は当然知らない。宮崎は感心し
た様子で耳を傾け、関は笑いを堪えるのが大変だった。
 丹羽は誇らしい気分になって、尚更饒舌になっていく。
 後になってやり過ぎたかと心配になってしまう程、丹羽は興奮していた。
 自分が入会させた初めての後輩という事で張り切る気持ちもあったし、かわ
いい女の子だったので、良い所を見せようという意識もあった。
 丹羽の目の前にあるスパゲッティは、すっかり冷めてしまった。
 丹羽は、宮崎に満足げに眺められていた事に気付き、ふと我にかえって微笑
んだ。


 新しい会長には、3年生の佐藤 豊が就任している。
 <たんぽぽ会>の中でも頭が切れ、皆を積極的にリードしていく。
 前の会長の杉原は自主性に任せるところが強かったが、新会長佐藤は、ぐい
ぐいとリーダーシップを発揮するタイプだ。
 夏休みの合宿シーズンがやってきた。
 丹羽は去年の秋からの入部なので、合宿は初めてだ。
 丹羽はこの合宿を楽しみにしていた。
 6人いた新入会員は、4人に減っている。
 小栗は幸いにも残っており、丹羽とは良い先輩後輩の関係になっていた。
 丹羽も色々と相談にのったり、ちょっとした食事をご馳走したり、良い先輩
を演じていた。
 親からの小遣いだけでやっている身には辛かったが、後輩のかわいい女のコ
には格好もつけたくなるものだ。
 学科の知り合いからは色々と噂されて冷やかされたが、否定しながらも、ま
んざら嫌な気分ではなかった。
 いつしか、小栗は丹羽の中で大きな存在になっていた。
 小栗は傍目にはすんなりと、<たんぽぽ会>の活動に馴染んだ。署名と言い
ながら寄付金を出させる手口の活動も、抵抗する様子は見られなかった。
 会員ともすぐに馴染み、ちょっとしたマスコット的な存在に落ちついたよう
だ。先輩ウケは特に良い。
 普通だったらシラジラしくなってしまうような愛想の良さが、小栗の場合は
ごく自然な姿に見え、少しも嫌味に感じない。
 老若男女問わず好かれるタイプだ。生まれながら処世術でも身についている
のではないかと、丹羽は思わずにはいられなかった。
 そんな小栗を丹羽は少し羨ましく感じるのと同時に、自分は少しは特別な存
在だぞと誇らしげに思っている。
 合宿といえば、学生にとっては一大イベントだ。
 何かが起こりそうな予感や期待は、丹羽でなくとも抱くだろう。
 もっとも、丹羽には小栗に告白しようという気はあまりない。
 あわよくば良いムードになって、あわよくば自然にそういう展開になったら
良いなあという大甘な妄想に近いものだった。
 丹羽も甘いとは自覚しながら、色々とやりとりを想像しては、ついついニヤ
けてしまう。
 合宿の出発は1週間後、場所は千葉の銚子だ。


 夏合宿は、話によると<たんぽぽ会>の活動とは切り離され、純粋に会員間
の親交を深める事が目的になるらしい。
 参加人数は25人、4年生も4人が参加してしている。
 その内の一人は、丹羽が見た事のない顔だった。気難しい雰囲気で目つきが
鋭い男性で、近寄り難い。
 しかし他の会員と親しげに会話しているところを見ると、内面は良い人なの
だろうと思った。話す姿も、どこか嫌な雰囲気を感じてしまうのだけれど。
 人間は外見で判断してはいけないという事も、丹羽が<たんぽぽ会>で学ん
だものの一つだ。
 昼前に到着し、一同はさっそく海水浴に出かけた。
 丹羽は自分のちょっとたるんだお腹が恥ずかしかったが、それよりも小栗の
水着姿に反応してしまわないように気を使うので大変だった。ピンクのワンピー
スだった。「かわいいよ」と言おうと思ったが、タイミングが掴めずに諦めた。
 これでもかというくらいの快晴は、強烈な日射を辺りに照りつける。
 宮崎に誘われ、丹羽はボディーボードに挑戦した。
 波に乗れるようになるまで、さほど苦労はしなかった。才能があると煽てら
れ、丹羽は気分が良かった。
 砂に無理矢理埋められたりもした。遊び慣れていそうな先輩におっぱいやら
チンチンやらを付けられたりして、写真を撮られた。
 小栗がクスっと笑ってくれたのが嬉しかった。
 最後は皆で記念撮影。
 丹羽はしっかりと小栗の隣をキープした。
 撮り終わった時に、思いきって、
「楽しいね」
 と笑ってみた。
「うん、そうだね」
 と小栗も微笑み返してくれた。
 めちゃくちゃ可愛いかった。
 宿舎は、木造のなかなか年季の入った2階建てだった。
 ”ペンション・しおらぎ”と書いてあるが、”しおらぎ荘”の方が遥かに似
合いそうだ。
 夕食後、就寝まで時間がある。外に買い物に出る者、部屋でダラダラする者、
家から持ってきたTVゲームを始める者、様々だ。
 丹羽は宮崎に誘われ、女子部屋でトランプをしていた。おそらく会一番の正
統派美人、朝比奈もいた。小栗も後から加わった。
 男子2名、女子4名で神経衰弱で熱戦を繰り広げる。丹羽の成績はいつも通
り可もなく不可もなくといったところであった。
 賢そうに見えた朝比奈が案外苦手で、丹羽は意外な一面を見た気がして得を
した気分になった。
「こういうのダメなの」
 と恥ずかしそうにする姿が、整った顔立ちとのギャップで可愛く写る。
 小栗がマスコットキャラとしたら、朝比奈はアイドル的存在だ。それを思う
と、このメンバーは豪華だ。
 トップはダントツで小栗、朝比奈と争った挙句にビリになったのは宮崎だっ
た。
 罰ゲームとして、宮崎は尻文字を豪快に躍る。
 室内は爆笑に包まれた。
 丹羽は、本当に楽しいなあ……と思った。
 こんなに楽しい時間は久しぶりだ。
 笑い転げる小栗に思わず目がいってしまい、
「何ユキに見とれてるのぉ? ケンタ君?」
 と、朝比奈にツッコまれてしまった。朝比奈の目が笑っている。
 丹羽はしどろもどろになってしまい、笑うしかなかった。
 この時の小栗の様子を、丹羽は怖くて見ることが出来なかった。


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