★この作品は、笑説サイト同盟の企画、三題噺の作品です。
お題は、「断食」「息切れ」「焼酎」です。この3つの言葉を入れて、笑説を書きます。
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「ちゃぶだい倒し選手権」


 井崎周五郎は、街ではちと有名な人物だ。
 何故有名なのか?
 ヤクザも避けて歩きそうな、迫力と威厳たっぷりの面相のためか。
 50歳を目前にしてますます健在な筋骨隆々とした肉体美のためか。
 そのくせたまに見せる笑顔に、どこか幼さを見せるためか。
 どれも違う。
 井崎はとあるスポーツの日本チャンピオンなのだ。
 この地域にしては今時珍しいオンボロ平屋建ての彼の家からは、今日も稽古の
音が辺りに響く。

 えい、こんな物が食えるか!
 がらがらがっしゃ〜ん
 きゃー、やめてくださいお父さん
 うるさい! 俺は一家の主だぞ! こんなものを食わせるつもりか!?

 そう、井崎は「ちゃぶだい倒し選手権」の常連選手で、V5を成し遂げた偉大
なチャンピオンなのだ。
 この競技はすっかり時代遅れになってしまった亭主関白を懐かしみ、その伝統
を後世の残そうという名目で行われている。
 どんな競技かと言うと、ただ食べ物が乗ったちゃぶだいをひっくり返し、その
美しさを競うというものだ。最初は一人でひっくり返していたのだが、これは見
た目にあまり寂しいため、被害者(?)となる家族も演技に加わるのが通例だ。
ひっくり返し方は自由だし、台詞の有無も自由。要は亭主関白を表現し、美しく
あるものが勝ちというわけだ。
 テレビでおもしろおかしく紹介されてから、競技人口も人気も向上した。もっ
とも、まだ地方のおもしろ祭りといった扱いの域は越えていないのだが。
 井崎は地元のチャンピオンという事で、地域のちょっとした有名人であり人気
ものでもある。
 毎年夏の大会が近づくと、この稽古が開始される。流石は偉大なチャンピオン
だけあって、一月も前からという熱の入れようだ。近所の人は食器の割れる音と
井崎の怒声、奥さんの悲鳴を聞くようになると、「ああ、いよいよ夏が来たのだ
なあ」と実感するのだった。


 深夜遅く、井崎は古ぼけた傷だらけのちゃぶだいと悪戦苦闘していた。稽古の
ために購入した全身を写せてまだ余りある鏡を前にし、傾けてみたりひっくり返
してみたり、時として持ち上げてみたりしている。フォームの研究だ。
 部屋の真中から吊り下げられた裸電球は、役作りのためにわざわざそうしてい
る。頭上高く持ち上げてみて、井崎は「これは少し違うな」と思った。これでは
ただの暴力亭主だ。あくまでも威厳ある亭主関白を表現するのであって、暴力そ
のものが際立ってはいけない。暴力のための暴力など論外だ。美しくない。
 立ちあがって、足で蹴り上げてみる。これも良くなかった。どうしても怒って
から立ちあがるまでの間が不自然となってしまい、直情さに欠ける。
 色々思考錯誤してみた結果、やはりオーソドックスに両手でまっすぐ前にひっ
くり返す事にした。
 そうと決まれば、後はフォームを固めるだけだ。
 食事代わりに重りの粘土を乗せ、幾度も幾度も繰り返しちゃぶだいをひっくり
返す。強過ぎれば暴力が際立つ。弱過ぎれば迫力に欠ける。この微妙な加減を身
体に覚えこませていく。地道な反復練習こそが、動作の自然さを生むのだ。実際
に食事を乗せての稽古など、そうそう何度もはできない。
 裸電球は熱い。全身汗でびっしょりになり、息切れもしてきた。
 その姿を鏡で確認し、井崎の今日の稽古は終わった。

 
 いよいよ大会当日、井崎は万全の準備を経て大会に臨んだ。
 二日前からの断食で、良い感じに殺気だっている。この断食による役作りは、
門外不出といえる秘訣だった。
 会場となる街の中学校の体育館は、大勢の地元客と観光客、数人のマスコミ関
係者で賑わっていた。
 女房と娘の演技指導ではやや苦労したが、トータルで満足のいくものに演技は
完成されていた。大会では、ちゃぶだいをひっくり返す演技だけではなく、前段
階の食卓を囲む場面での演技も審査対象となる。ここでは、関白亭主に対するピ
リピリとした緊張感を出すのがポイントだ。食事の内容も、設定にリアリティー
を持たせる意味で大切だ。手間をかけて作ったそれなりに豪勢な食事を惜しげも
なくひっくり返すというのが、美学なのだ。
 前々回の大会では、優勝候補の一人であった山村が意外な落とし穴に落ちた。
食事を豪勢にし過ぎてしまい、ひっくり返すのを一瞬躊躇ってしまったのだ。結
局このマイナスポイントが差になり、優勝を逃したのだった。

 井崎の番が巡ってきた。
 会場が大歓声に包まれ、「がんばれよ〜」「男っぷりを見せてくれ〜」などと
声がかかる。
 まずは静かな食事シーンだ。
 井崎は悠然と堂々と箸をキンピラゴボウに移す。
 女房と娘に緊張が走る。
 井崎の目が見開かれた!

 こんな不味いメシが食えるか!
 がらがらがっしゃ〜ん
 やめてくださいお父さん
 うるさい! 一家の大黒柱にこんなメシを出しおって! 作りなおせ!
 はい……
 ・・・・・
 ふん!

 決まった……
 タイミング、ちゃぶだいの倒れ方、皿の割れ方、食べ物の落ち方、台詞、仕草、
すべてが完璧だった。
 一瞬の静寂の後、場内は拍手喝采の大嵐となった。
 誰の目から見ても、井崎の優勝はこの時点で明らかだった。
 井崎はV6を成し遂げ、優勝賞金30万円を手にした。
 目からは大粒の涙が今にもこぼれ落ちそうになりながら、必死にそれをこらえ
ているように見えた。


 井崎は相棒のちゃぶだいで一人、安焼酎をすすっていた。
 家族は海外旅行に出かけている。その約束での協力だった。
 カエルの鳴く声が聞えてくる。
 静かな夜だった。
 井崎は来年の大会はどう演技しようかと、ウキウキした気持ちで考えを巡らせ
ていた。


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