「田中ラブコメ物語」


 田中誠は、ちょっと内気なところがある中学生だった。
 アニメとマンガが好きで、あまり人付き合いは得意な方ではなかった。
 彼女が欲しいなんて夢みたりもするが、異性に至ってはまともに話すら
した経験もない。
 まあ、よくいるタイプといえば、よくいるタイプの少年だった。
 外見は中の上といったところが女性徒達のほぼ統一した見解で、小柄な
犬をイメージさせた。
 かわいいと言えなくもない。
 そんな田中に、奇跡が起ころうとしていた。


 田中はベットに寝転がり、週刊誌のラブコメマンガを楽しんでいた。
 ちょっとHなマンガで、お風呂シーンがあったり、パンチラがあったり、
触ってはいけないところをアクシデントで触ってしまったりといったシー
ンが必ず毎週出てくる。
 田中は密かにこのちょっとHなシーンを、とても楽しみにしていた。
 実際に女性と殆ど接した事のない田中にとっては、これでも充分過ぎる
ほど刺激的なのだ。
 そいつは、唐突に部屋に現れた。
 黒い影のようなモヤモヤが、次第に人の形になり、やがて黒いマントを
着た男に変貌した。
 田中は気付かず、パンチラシーンをじっくりと鑑賞している。このお尻
に食い込むシワの線が絶妙だなと見入っているところに、
「おいこらお前!」
「うわあ!!」
 野太い声をかけられ、ようやく田中はその存在に気付いた。
「誰ですかあなたは!?」
 目の前には、強面のアヤシイ中年男性が立っていた。
 狼狽しながらも、条件反射でHなページをパタンと閉じる。
「お前が自分で呼んだんだろう? 俺はお前の……」
 男は何か言いかけ、
「面倒だな、ホラ」
 と、田中の額に人差し指を一瞬当てた。
 その一瞬で田中は全てを理解した。
 この男は悪魔で、田中の動作と時間が偶然この悪魔を召還するものと重
なったらしい。田中の願望を叶えてくれるそうだ。
 そしてその話が真実であると、理屈ではなく魂が感じた。
「お前の願望はもう解っている。今お前に、お前の願望が満たされる魔法
をかけた。これでもう、お前の人生はバラ色も同然だ」
 言われても、田中は理解できなかった。
「え? 俺の願望って?」
 悪魔はほくそ笑んだ。田中はゾッと、背筋が寒くなった。
「それでは、もう会う事もないだろう。せいぜい人生を楽しんでくれ」
 悪魔は突如、存在を消した。
 何事もなかったかのような田中のいつもの部屋が、そこにあった。
 田中はしばし呆然としていたが、とりあえずマンガの残りを読む事にし
た。


 翌日、学校へと向かう田中の表情は、どこか呆けていた。
 昨日のあれは夢だったのかと思いながら、自分の中の根源的部分が真実
だと肯定する。
 ぽかぽか陽気のこんな爽やかな朝に、やれ悪魔がどうと考えている事に、
若干違和感を感じた。
 校門近くまで来、角を曲がったその時、突如田中の目の前に美少女が現
れた。
 田中が密かに想いを寄せている、神崎 聖奈だ。慌てている様子で、も
うそこまで近づいてきている。
 避けられない!
 ドン!
 田中と聖奈は激突した。田中は聖奈に押し倒され、激しく身体を打って
しまった。
 鈍い激痛が、背中に走る。
「イタタタタ……」
 反射的に閉じた目をあけると、目と鼻の先に聖奈の顔があった。思わず、
ドキッと胸が高鳴る。間近で見ても、文句のない美少女だ。聖奈もどこか
打ったのか、痛そうな表情をしている。
 むにゅ
 田中は、右手の柔かい感触に気付いた。
 右手が、聖奈の胸をしっかり掴んでしまっていた。慌てて手を離した。 
「あれ? 田中くん?」
 聖奈は上体を起こした。
 田中は聖奈との密着と胸を掴んでしまったショックで、返事が出来ない。
「大丈夫? ごめんね。怪我はなかった?」
 聖奈の優しげな問いかけに酔いそうになりながら、田中は必死に声をふ
り絞る。
「だ、大丈夫だよ。神埼さんこそ」
「私は平気。今急いでいるからごめんね」
 聖奈は起き上がり、走り去っていった。
 その時、純白のパンツが、田中の目に入った。
 田中は激痛を忘れ、その幸運に酔いしれた。
 これが始まりだった。

 体育の時間がやってきた。
 今日は男子がサッカー、女子が高飛びだ。
 男子達は、女子のブルマー姿に鼻を伸ばしては、よく体育教師に叱られ
る。
 あれ?
 田中はフト違和感を覚えた。
 確かうちは、ブルマーは廃止されたはずなのに……
 しかし遠くでは、女子は揃って黒のブルマー姿で高飛びをしている。太
ももが眩しい。
「田中〜ボール行ったぞ〜!!」
 声の方に目をやると、ボールがすごい勢いで飛んできていた。
 慌てて右足を出す。タイミングが遅れた。トラップミスしたボールは、
女子のエリアに転がっていった。
「何やってんだ田中! 取ってこい!」
「は、はい!!」
 田中は走った。
 ボールは転がり続け、マットの付近にまで到達した。
 田中がボールに追いついたその瞬間、
「きゃ!!」
 訳も解らず、田中は何者かに覆い被された。仰向けに倒れ込む。後頭部
を強打してしまった。
 むにゅ!
 顔に柔かい感触を感じた。胸の感触だと、ぼんやりと気付いた。
 その女の子が上体を起こすと、今朝間近で見た美少女が恥ずかしそうな
困った顔をしていた。
「た、田中君!! また私ったら、ごめんなさい!!」
 聖奈の声を遠くに聞きながら、田中は意識は失われていった。

 気が付くと、ベットに寝かされていた。保健室のようだ。
 聖奈が泣きそうな顔をして、自分の顔を覗きこんでいた。
「田中くん、大丈夫? ごめんね」
 半泣きの鼻にかかった声に、田中の胸は高鳴った。
 ドキッ
「大丈夫だよ、僕の方こそ、注意してなかったからいけないんだ」
 聖奈の顔がぱっと晴れた。嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「田中くんって優しいんだね」
「そんな事ないよ」
「ううん、今日2回もぶつかっちゃって、怒られたらどうしようと思って
たの……田中くんが優しい人で良かった」
「神崎さん……」
 田中は言葉につまった。
「田中くん、あ、あのね、実は私……田中くんの事、ちょっと良いかなっ
て思ってたんだ……」
 聖奈の頬が赤らんだ。
「え、それって……?」
 突然、聖奈の顔が近づいた。田中は頭の中が真っ白になり、硬直する。
 おでこに、チュってされた。
「これはお詫びの印、皆んなには内緒だよ」
 聖奈は少し悪戯っぽい目をした。
 田中の硬直はますます強固になり、まるで金縛りになったかのように動
けない。
「それじゃ、田中くん、私先に教室に戻ってるね」
 聖奈は保健室を後にした。
 田中は呆然と、これは夢に違いないと思った。
 そしてハッとした。
 あの悪魔の仕業か!?

 数日が経過した。
 聖奈とは何となく友達以上恋人未満みたいな関係になったみたいだ。
 田中の幸運は、聖奈に留まらなかった。
 突如出現したショートカットの幼なじみは、天然元気者で、信じられな
いくらいかわいくなっていた。
 小学校の時に引っ越してしまった子なのだが、実はその当時、田中に恋
をしていたと告白された。
 今でも何となく、気があるような素振りだった。
 幼なじみ、牧田くるみは田中のクラスに転校してきた。
 田中はいつの間にか、二股に近い三角関係を形成してしまうのだった。

 田中は、頻繁につまずいたり転んだりするようになった。田中の側にい
る女の子も、よく転ぶ。
 そして必ずといって良いほど、胸やらお尻やらに触ってしまう。
 顔の上にドスンと座られてしまう時もある。嬉しいのだけれど、非常に
痛い。
 パンチラもよく目撃する。
 目の前にミニスカートあらば、そこには突風が吹く。何かに裾が引っか
かる。子供がスカートめくりをして走り去っていく。
 女の子達は無防備にしゃがみこみ、屈み、田中の前で下着を晒す。
 プールや海に行こうものなら、必ずビキニのブラははずれ、田中は乳房
を何度も何度も目撃した。
 旅行先でお風呂に入っていたら、知らずに後から女の子が入ってくる。
 スキーに行けば吹雪の中遭難し、裸になって温めあう。
 聖奈もくるみも、それ以外の女の子も、大変な大サービスだ。
 そして女の子達は毎回、もの凄く照れる。実にナイスなりアクションを
する。
 これが悪魔の叶えてくれた願望に違いない。
 田中は確信していた。
 あの時読んでいたマンガの世界が、ドキドキでちょっぴりHな世界が、
まさに現実になったのだ!
 田中はこの幸運を神に感謝したくなったが、焦って悪魔に訂正した。
 

 2年経過した。
 田中のドキドキでちょっぴりHな生活は続いていた。相変わらず、あの
三角関係も継続中である。
 けれど田中は、この時期にきて不満を持っていた。
 まだ聖奈ともくるみとも、一度もキスをしていないのだ。
 おでことかほっぺなら何度かあるのだが、マウス トゥ マウスのキス
となると、何故かどうにも出来ない。良い雰囲気になると必ず邪魔が入る
のである。
 ある時は母親、ある時は石焼いもの声、もうこれは絶対に大丈夫だとい
う状況では、なんと地震が起こった。この時はさすがに、意地でもキスさ
せない大いなる意志の脅威を感じずにはいられなかった。
 田中はもの凄く嫌な予感がしていた。


 田中はバランスを崩した。
 アウトさせるために敵ボールを自分のボールの隣に置き、踏みつけて固
定しようとした時だった。
 聖奈が田中の危機を察知し、ヨタヨタと走り寄ってくる。
 聖奈を巻き添えに、派手に倒れ込んだ。
 バタン!
 聖奈を下敷きにしてしまった。
 ぶにゃ
「きゃっ!」
 田中は右手に、お馴染みの感触を感じた。ドキッと胸が高鳴る。
 聖奈の胸だった。最初の頃と比べると、すっかり形も感触も変わってし
まった。田中は慌てて右手を離した。
「イタタタタ……」
 聖奈は腰を押さえ、苦痛に顔を歪めている。
「こら〜〜!!! いつまでくっついてるの!!!!」
 くるみが凄い剣幕で走り寄ってくるのが見えた。
 昔はすぐに飛びのいて逃げたものだが、最近はすぐには起き上がれない。
くるみ愛用のゲートボールステッキで、ぼかぼかと頭を殴られる。
 下から見上げたものだから、ベージュのパンツも丸見えだ。
「イタイイタイ!! わざとじゃないんだよ!!」
 田中は必死に弁明するも、くるみは聞く耳なし。
「それより、聖奈さん、大丈夫かい?」
 聖奈は、真っ赤にながら何とか笑顔を作った。シワが深くなる。
「ええ、もう受身にも年季が入ってますから」
 聖奈独特の悪戯っぽい目つきだ。
 田中と聖奈は、思わず見つめ合った。
 二人の胸が早鐘を打つ。
「は〜や〜く〜離れろ〜〜!!」
 くるみの絶叫で、二人はえっこらと離れた。急いでいるのだが、これが
精一杯だ。
「あははははは!」
 ゲートボール仲間達は、3人の様子に大笑いをしていた。
 田中 誠 74歳春――
 田中とその周囲の面々は、今日も平和だった。


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