「おいちゃん VS 猫」


 夜21時頃、ショッピング街とも住宅街ともつかないその場所
は静まりかえる。
 大通りに面しているため、車の行き交う音はするのだが、それ
も静寂の仲間のような気がした。
 その不完全な静寂を破ったのは、激しく地を駆ける中年男だっ
た。

 上下に水色のジャージを身につけ、髪の毛はもう3割程度しか
残っていない。
 その男が、必死の形相で走っている。
 しかも、首に縄をつけた中型犬を両手に抱えながら。
 恐怖だと、その表情と目は告げていた。
 男は恐怖に顔をこばらせながら、何度も振りかえる。
 何かに追われているのだ。
 不規則で激しい息遣いも、中年男の切羽つまった状況を示して
いた。
 犬はひたすらきょとんとしている。

 背後から追うもの。
 背後から迫るもの。
 それは、猫だった。
 ただ単に普通の猫。
 どちらかというと、少し小柄だ。
 白を基調に、黒いブチ。
 ひょっとしたら、まだ子猫かもしれない。
 一所懸命に、中年男を追いかけている。
 その走りからは、歓喜の様子が覗えた。
 何故か、この中年男を追いかけるのが楽しくて仕方ないようだ。

 いよいよ追いつかれようとした刹那、中年男は急停止。
 きびすを返すと同時に、散歩紐の先が鞭のように猫を襲った。
 猫は前足をふんばり、身を屈めて頭上にやり過ごした。
 飛びかかろうと体重が前に乗った瞬間、2撃目が襲う。
 これも、頭上にやり過ごす。
 中年男は近くの植木バチに手を伸ばした。
 猫は目標に動かれ、飛びかかるタイミングを逃した。
 攻撃する目標の動きに躊躇する。
 植木バチが猫に向かって放たれた。
 中年男の動きの合理性とスピードは驚愕に値した。
 猫は大きく後方に跳躍した。
 アスファルトに叩きつけられた植木バチはカン高い破裂音を轟
かせ、辺りに破片が四散する。
 さすがに、猫も少しは怖気づいた。
 中年男はその隙を見逃さなかった。
 中年男は逃走に移った。
 猫が闘志を回復させた時には、中年男は既に角を曲がり、猫の
視界から消えていた。

 ハアハアハア
 激しい中年男の息遣い。
 犬をただひたすら、きょとんとしていた。


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