「新・日の丸君が代法」
2010年―――
日本国に新しい法律が制定されようとしていた。
【新国旗及び国歌に関する法律】
日本の国旗と国歌を法律で制定した前進となる
【国旗及び国歌に関する法律】 1999年施行
を発展させたものだ。
(国旗)
第一条
1 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条
1 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。
という従来の規定に、↓の「第三条」が付け加えられる。
第三条
1 日本国の属する公的機関、及び民事機関の式典では、
必ず国旗を掲揚し、国歌を斉唱する。
さあ、これは大変だ。
斜民党も強酸党も今や影響力を大きく失い、制定を阻止できそうに
ない。
多くの国民にとっては、面倒になるなという感想程度で、大きな反
発も起こらない。
これはいけない。
何としても、この法律を阻止しなければ!
日本のある大新聞は、使命感に燃えていた。
乃木大蔵は、テーブルの上に置いてある新聞を手にとった。
「旭日新聞」は日本を代表する大新聞だ。
発行部数は全国ナンバー1。
一面の下段にある「偏見珍語」は、大学入試にも出題されるほど、
社会的地位が高い。
乃木はちょっと変わった趣味の持ち主で、新聞の思想的違いを見比
べるのが大好きなのだ。
「嫁入新聞」が右翼的で、「旭日新聞」が左翼的だと知る人間など、
そうはいない。
若い世代になると、右だの左だのも解っていない。
他にも「垢肌」「説教新聞」がお気に入りなのだが、そこまでは資
金が苦しい。
気になる事件があった時に、図書館で読むくらいだ。
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2010年 1月12日――
【政治欄】
【新国旗及び国歌に関する法律】が、明日参議院で審議される。
同法は1999年の【国旗及び国歌に関する法律】を発展させ、日本
国に属する公的機関、及び民事機関の式典において、国旗の掲揚と国
歌の斉唱を義務付けるもの。
この法律制定の動きには、国旗と国歌を拒むことによる国民の愛国
心低下に歯止めをかけようという意図がある。しかし、未だ日の丸・
君が代に対して良くない印象を持つ人達も大勢いる事を忘れてはなら
ない。同法の制定には、更なる議論が必要であろう。
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乃木は驚いた。
「旭日新聞」は、体面上は右翼よりでも左翼よりでもなく、中立を装
っている。
とはいえ、ここまで中立的な記事になるものだろうか?
それとも、いつの間にか人事でも変わって、新聞のカラー自体が変
わってしまったのだろうか?
乃木は狼狽しつつも、新聞を読み進める。
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【特集】「日の丸・君が代問題を考える」
日の丸・君が代は、いったいどのように受け取られているのだろう
か? 現場となるある小学校のある先生に聞いてみた。
「日の丸・君が代は、日本がアジアを侵略したという大きな過ちを犯
した象徴です。日の丸・君が代を子供達に押し付けるかのような行為
は、この過ちを我々日本人反省すべき罪であると教育することと矛盾
します。特に国歌は天皇をあがめる内容ではなく、自由と平和を称え
るような新しい歌を制定するべきだと考えます」
教育現場では、このように子供達への悪影響を心配する声もあるよ
うだ。日本の戦争責任を反省する事と、日の丸・君が代を両立させる
事は難しいと感じる人もいる。
もう一度、平和というものを主眼にして、この問題を考え直す必要
があるのではないだろうか?
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乃木は安堵した。
やっぱりこうでなくてはいけない。
小学校教師って、明らかに「日教組」だろ!
「日教組」一人に話を聞いて、記事にしてどうする?
しかし、ニュースでは中立的記事を流し、別に「特集」と称してこ
のような事を仕掛けるとは!?
いささかあからさま過ぎないかと、逆に心配になってしまった。
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2010年 1月13日――
【特集】「日の丸・君が代問題を考える」第2回
今回の新法は、日の丸の掲揚と君が代の斉唱が義務付けられる。日
本国籍でない人達にとって、日の丸・君が代はどのような存在なのだ
ろうか? 都内に住む75歳の韓国国籍の女性に尋ねてみた。
「日の丸を見ると、今でも決して良い気はしません。日の丸は私にと
って、辛かったことを思い出させる存在でしかありません。天皇の名
の元に、私達は虐げられました。日本は民主主義国家に生まれ変わっ
たと言われていますが、君が代のようなものが国歌として残っている
事を考えると、まだ本質は変わっていないのではなかろうか? とい
う疑念さえ湧いてきます」
日の丸・君が代には、このように嫌悪感を持つ人達も大勢いる。新
法を、このような人達を無視して推し進めてしまって本当に良いので
あろうか? まだ検討の余地は多分に残されていると言わざるを得な
い。
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乃木はウキウキしていた。
「日の丸・君が代問題を考える」と称して、「日の丸・君が代」の
イメージを低下させる事しか考えていない。
コメントは思いっきり反日の丸・君が代でも、新聞側の意見として
の記載はあくまでも中立を装っている。
新法制定に対して体裁上の中立を装いながら、何とか読者を反日の
丸・君が代に世論誘導したいのだ。
そのための、イメージ戦略である。
その健気な姿が、なんとも愛しかった。
この特集はいつまで続くのだろうと、乃木は思った。
この後、約1週間この特集は続いた。
どこからか探し出した反日の丸・君が代陣営のコメントが掲載され、
新聞が中立的なコメントをつける。
全てがこのパターンだ。
考えるなら、賛成派もたまには出したらどうかと思うが、それを言
うほど野暮でもない。
その中でも、乃木が気に入ったのはこの日の特集だった。
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2010年 1月18日――
【特集】「日の丸・君が代問題を考える」第7回
日本の子供達にとって、日の丸・君が代はどう映っているのだろう
か? とある小学校6年生の教室で、この問題が取り上げられた。子
供達の発言の中で、こんな意見があった。
「日本は昔、すごく悪い事をしました。国民は国に洗脳され、国のた
めだと思わされながら、許されない残酷な事をしたのです。日の丸と
君が代は、その洗脳のための道具だったのです。なんで私達にまでそ
のような物が押しつけられるのでしょうか? 戦前と同じものを同じ
ように押しつけられる事を、とても怖く思います」
子供達の中にも、このように今回の新法に違和感を持つ者もいるよ
うだ。日の丸・君が代問題を考えるためには、歴史を勉強しなければ
いけない。歴史を勉強しなければ、この問題の本質は何も見えてこな
い。
我々は過去の間違いを繰り返してしまわないためにも、子供達が歴
史に触れ、考える機会を増やしていくべきだろう。
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どう見たって、先生の受け売りだろ!?
乃木は思った。
旭日新聞は、まるで歴史を学びさえすれば皆がこのような意見にな
るようなもの言いである。
反日の丸・君が代でない者は、勉強が足りないとでも言いたいのだ
ろうか?
はっきりとそう言わないところが、また奥ゆかしい。
いっそ明らかな左寄り新聞「垢肌」は潔い。
言わずと知れた強酸党系新聞である。
<世界の恥だ!>
ときたものだ。
こんな事を法律で制定しなければならない状況を指すなら、確かに
恥に違いないと、乃木は思った。
小学校6年生くらいの子供は、一部を除いては親や先生に影響され、
そのまま思想をコピーする。
先生も、生徒が自分で考えて結論を出すような外形を整えながら、
考えるために与える材料は偏り、一つの結論にしかたどり着かないよ
うに誘導する。
子供は先生に誉められたいから、意識的・無意識的に先生が気にい
るような発言をする。
こんな歪んだ状況で生み出された意見だろう。
いや、この意見が間違いだとは勿論思わない。
だが、こう言わせる方法が卑劣だろう。
乃木はいささか、げんなりした気持ちにもなった。
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